<現実と回想の中で、昭和の香りが漂う>
えーと、この作品はSNS「本を読む人々。」での読書会の11月の課題本でした。こんな事でもないと、おそらく手を出さなかった本だと思います。
それと、この作者は「雪沼とその周辺」という名作があるんですけど、その前に書かれた作品です。
正吉さんが消えた。カステラの箱を残して。時間給講師の私を取り巻く人たちや、古書、童話、名馬。回想と現実を織り交ぜ、優しい視線から見つめる小説。
いやー、この小説は純文学なのでした。純文学は「雪沼とその周辺」以来かなー。それほど手ごわい小説でした。180ページ弱なのに、中々、進まなかったのです。
その理由は、一つの文章が長い!これが最も大きな理由です。
しかし、慣れるにしたがって、この長さが心地よくなるから不思議。
物語の中心は、カステラを残して消えた、正吉さんなのだと思っていたのですが、いいのか悪いのか、これが違うんですよね。わたしははっきりして欲しかったのですが。
むしろ、正吉さんの話から飛躍する回想の数々が中心の小説なのではないでしょうか。様々な本が出てきます。それも読んだ事のない作品。しかし、読んだ事があるかのように錯覚してしまいます。それほど、本に対する愛情があるんです。
懐かしかったのは、安岡章太郎「サーカスの馬」。この作品は教科書にあったような気がするんだけどなー。本当に懐かしいんです。
そして、昭和の名馬に寄せる愛情。特に悲劇の名馬テンポイントの話は、とってもジーンと来ます。競馬好きの方はたまらないんでしょうねー。しかし、競馬に興味がないわたしも自然と入ってくるから不思議。これも、この作者の力量なんですよね。
住んでいる大家さんの一人娘、咲ちゃんが何とも可愛いし。走る咲ちゃんの描写がすごく、瑞々しい。ランニングの途中で一緒にもんじゃ焼きを食べたりします。これまた可愛いんですよ。
さて、正吉さんは現われるんでしょうか?
最後まで期待して読んだのですが、最初に書いたとおり、それは主題ではありません。正吉さんと私を取り巻く人たちの物語として読んでください。さまざま人が気になっていくんです。
「いつか王子駅で」というタイトルも実に粋です。
本当に優しい作家さんですねー。慣れるまで苦労しますが、回想と現実がすっと心に沁みてくるそんな小説です。これも列記とした小説なんですよね。
閉じるのが惜しくなった作品です。
【新潮文庫/
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